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【コラム】高橋健二コーチ退任に寄せて

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本日発表させて頂きましたが、高橋健二コーチが2016シーズンを以ってモンテディオ山形を離れることになりました。クラブ所蔵の写真やJリーグオフィシャル写真でモンテディオ山形での23年間の活躍を振り返ります。

 

高橋健二コーチは1994年山形県出身者初のプロ契約選手として、モンテディオ山形の前身NEC山形に加入。

 

豊富なな運動量と巧みなボールキープからのチャンスメイクが特徴のミッドフィルダーとして、旧JFL時代、そしてJリーグ参入、J1昇格争いに至るまでのチームの黎明期から、躍進期までの長きに渡り選手として活躍頂きました。

 

 

 

 


1999年キャプテンとしてJリーグ1年目のモンテディオ山形を牽引。

 

 

 


2000年はチームが不振に苦しむ中、中盤のポジションながらチーム最高の10得点を挙げ、チームを盛り立ていきます。

 




2001年はクラブ初のJ1昇格争いに加わった躍進のシーズン。

 

クラブ初のホームスタジアム満員となった2001シーズン最終戦・川崎フロンターレ戦。昇格はならなかったものの自らもシュートを放ち、あと一歩まで手繰り寄せたJ1昇格。



ベテランと言われる年齢になっても献身的な動きでチームの勝利に貢献し続けます。

 

2003年からは慣れ親しんだ背番号6番から、7番へ。

 

 

 

 

2006シーズンの最終戦、雨が振り続ける中、途中出場した高橋健二選手の姿にサポーターの皆さんが「タカハシケンジ」のチャントを歌い続けた現役最終試合。

 

 


そして、2007年の1年間はクラブのフロントスタッフとして活躍し、2008年からは指導者の道へ。


2012年からはトップチームの指導者として、トップチームを5年に渡り支え続けていただきました。

 

 


2014シーズン、昇格争いの原動力となったのは前半戦出場機会に恵まれなかった選手たちの躍進。その背景には、高橋健二コーチの選手たちへの絶え間ないサポートがありました。選手に寄り添い熱心に指導する高橋健二コーチの時には熱く、時には暖かい表情。

 

 

 

 

 

2006シーズンの高橋健二コーチの現役最終戦「健二の歴史はモンテの歴史」という横断幕がスタジアムに掲げられていました。1994年の全国リーグ参戦から、23年間のモンテディオ山形の歴史は高橋健二コーチが歩んできた歴史でもあります。



モンテディオ山形の歴史は平坦な道のりではありませんでした。実業団チームからプロ化へ、そして国内トップリーグへの道のりには、このクラブに関わったすべての方々、それぞれに沢山の物語があります。そして、その物語には高橋健二コーチの姿がいつもありました。


いつの日から呼ばれるようになった「ミスターモンテディオ」という愛称だけでは語り尽くせない、選手としても指導者としてもモンテディオの歴史をみなさんと共に歩み続けた23年。クラブの礎を様々な立場で皆様と作り続けた高橋健二コーチ。

 

 

 

23年間本当にありがとうございました。サッカーはどこでもつながっています。またピッチサイドで高橋健二コーチとお会いできることを楽しみにしています。

 

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