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TOPクラブモンテディオ山形の歩み

モンテディオ山形とは


モンテディオ山形 名前の由来

「MONTEDIO」は「MONTE」と「DIO」という2つの単語を組み合わせた造語で、語源はイタリア語にあります。 MONTE(モンテ)は山を、DIO(ディオ)は神を意味し、全体の意味は「山の神」となります。この由来は、山形を代表する霊山としての出羽三山(月山、湯殿山、羽黒山)にちなんだものとなっています。また、「MONTEDIO」には、意味的に「神秘の郷 山形」を表現するだけでなく、山頂すなわち頂 点を目指して戦うチームになって欲しいという多くの県民の夢と希望が込められています。このチーム名は1996年2月に、山形県民を中心とした投票により 決定されました。


エンブレム


エンブレム

エンブレムバックの下地は蔵王の樹氷のホワイトをイメージしたもの。中央のボールより上の部分はモンテディオの頭文字「M」と山形県の県 章をシンボライズしています。ベースカラーはチームカラーのブルーとイエローにし、シャープな躍動感を出すために縦縞模様に。ブルーのラインは最上川の流 れをイメージしています。中央の3個のボールは、チーム・サポーター(県民・企業)・行政(地域)が力を結集する姿を象徴したものです。3個のボールの 上には、モンテディオ山形のロゴマーク下部の白地は出羽三山のシルエットをイメージしたもの。枠と下の文字の紅色は、県の花・紅花のカラーをイメージした もので、サポーターの熱い声援と華麗なプレーへの期待が込められています。


モンテディオ山形の歩み


1984年(S59)
  • 監督 加藤勝一
  • NEC山形(現・ソニーセミコンダクタマニュファクチャリング株式会社 山形テクノロジーセンター)サッカー同好会として発足
1985年(S60)
  • 部員15名
  • 鶴岡地区5部リーグ優勝
1986年(S61)  
  • 鶴岡地区4部リーグ優勝
1987年(S62)  
  • 鶴岡地区3部リーグ優勝
  • べにばな国体のサッカー競技承引企業に指定される
1988年(S63)  
  • 強化選手の採用を実施 鈴木克美(全国高校選抜)他3名
  • 鶴岡地区2部リーグ準優勝
1989年(H01)
  • 監督 加藤勝一
  • 特別コーチ 山本昌邦
  • 山形県リーグ発足
  • 大学出身強化選手の採用本格化
  • 山形県リーグ優勝
  • 東北リーグ昇格
1990年(H02)
  • 監督 田代正信
  • 東北地域リーグ優勝
  • 第70回天皇杯出場(1回戦敗退vs全日空サッカークラブ)
  • 全国地域リーグ決勝大会参戦
1991年(H03)  
  • 本拠地を鶴岡市から山形市に移転
  • 東北地域リーグ優勝
  • 第71回天皇杯出場(1回戦敗退vs国士舘大学)
  • 全国地域リーグ決勝大会参戦(第3位)
1992年(H04)  
  • 韓国人プロ契約選手2名採用
  • べにばな国体(1部)第6位
  • 東北地域リーグ優勝
  • 第72回天皇杯出場(1回敗退vs本田技研工業)
  • 全国地域リーグ決勝大会参戦(第3位)
1993年(H05)
  • 登録選手30名(プロ4名・社員選手26名)
  • 東北地域リーグ優勝
  • 日本人プロ契約選手の採用開始(本街直樹 他1名)
  • 全国地域リーグ決勝大会参戦(第2位)
  • JFL昇格決定戦に勝ち、JFLに昇格
1994年(H06)
  • 監督 杉沢直樹
  • 登録選手30名(プロ4名・社員選手26名)
  • 山形県出身プロ契約選手採用(高橋健二)
  • ブラジル人プロ契約選手2名採用
  • 第3回JFL第13位(10勝20敗)
  • 第74回天皇杯出場(1回戦敗退vs名古屋グランパスエイト)
  • NEC山形より地域密着クラブチーム化への要請あり検討を開始する
1995年(H07)
  • 監督 石崎信弘
  • 登録選手28名(プロ12名・社員選手16名)
  • 第4回JFL第10位(13勝17敗)
  • 地域密着化に伴い県民投票によりチーム名を「モンテディオ山形」に改称し同時にチームロゴマークを制作発表(1996.02.23)
1996年(H08)
  • 登録選手26名(プロ16名・社員選手10名)
  • 旧山形県職員研修所ビル内に「モンテディオ山形法人設立準備室を開設(1996.09.09)
  • 第5回JFL第8位(16勝14敗)
  • 第76回天皇杯参戦(3回戦敗退 vs ガンバ大阪)
1997年(H09)
  • 登録選手26名(プロ21名・社員選手5名)
  • JリーグへJ2参加を申請(1997.05.29)
  • 第6回JFL第5位(19勝11敗)
  • 第77回天皇杯参戦(3回戦敗退vsサンフレッチェ広島)
  • 日本サッカー協会J2参加を条件付き(法人化)で承認(1997.12.11)
  • 「社団法人山形県スポーツ振興21世紀協会」設立(1998.01.19)
  • 旧山形県職員研修所ビル内にて運営開始(1998.02.01)
  • 日本サッカー協会J2参加を正式承認(1998.03.27)
1998年(H10)
  • 登録選手23名(全員プロ選手)
  • ユースチーム発足(監督:手倉森浩)
  • 事務所を「山形県スポーツ会館」内に移転(1998.10.19)
  • 第7回JFL第3位(22勝8敗)
  • 公募によりチームエンブレムを制作発表(1998.11.03)
  • 第78回天皇杯参戦(4回戦敗退vs名古屋グランパスエイト)
1999年(H11)
  • 監督 植木繁晴
  • 登録選手23名
2000年(H12)
  • 登録選手28名
2001年(H13)
  • 監督 柱谷幸一
  • 登録選手28名
2002年(H14)
  • 登録選手27名
2003年(H15)
  • 登録選手29名
2004年(H16)
  • 監督 鈴木淳
  • 登録選手28名
2005年(H17)
  • 登録選手28名
2006年(H18)
  • 監督 樋口靖洋
  • 登録選手30名
2007年(H19)
  • 登録選手29名
2008年(H20)
  • 監督 小林伸二
  • 登録選手30名
2009年(H21)
  • 登録選手35名
2010年(H22)
  • 登録選手31名
2011年(H23)
  • 登録選手31名
2012年(H24)
  • 監督 奥野僚右
  • 登録選手29名
2013年(H25)
  • 登録選手28名
2014年(H26)
  • 監督 石﨑信弘
  • 登録選手29名
2015年(H27)
  • 登録選手32名
2016年(H28)
  • 登録選手30名
2017年(H29)
  • 監督 木山隆之
  • 登録選手33名
2018年(H30)
  • 監督 木山隆之
  • 登録選手33名